1.何のベル?
その日筆者は防爆仕様のポンプの入れ替え作業をしていました。そこそこ急ぎの仕事となっており早く済ませなければと奮闘していた最中、別件の一報が入りました。
「takuくん、今、事務所横の非常ベルが鳴りっぱなしで止まらないのだが、急ぎ原因を探してもらえないかな?」
「え?非常ベル??火災報知ではなくて非常ベルですか?」
「そう、非常ベル。ジリリリ…ってやつ。これが何の警報なのかすらわからんのだよ。」
「実際に煙や炎があがったり、なにかが漏洩しているなどという箇所はありませんか?」
「それが、この事務所を含めてどの現場も平常運転なんだよ。異常らしき異常が全く見つからないから、なおのこと困っててなぁ…」
社内携帯電話にて上記のようなやり取りの後ポンプの作業を済ませて、即非常ベルの自体を確認し鳴り続けるベル音の停止操作(ベル直前の遮断器OFF)をした後に動作原因を探しに行きました。
2.手掛かり無し
とはいえ、筆者もその日初めて存在を知った非常ベルに関して、何の警報かがわかっているはずもなくどうすべきか悩んでいました。
「(ひとまず、知ってそうなひとを頼ろう。)」
そう考えた筆者は社歴の長い先輩に非常ベルについて訊ねてみました。すると以下のような回答を得ました。
「あれは〇〇ガス漏洩を知らせる非常ベルだよ。△△製造現場でそのガスの漏洩を発見したときに、現場の建屋に備え付けのスイッチを引っ張ればベルで発報するってわけ。」
流石は年の功です。さらに聴くところによると発報のスイッチはどうやら屋外にあるようです。ちなみに前日は雨でした。
「(昨晩の雨でスイッチが短絡してるのかな?とりあえずその現場に行かなければ。)」
筆者は聴いていた現場に向かいました。早速スイッチを確認しましたが、外観的には雨に濡れている様子は無く既に乾いているようです。
スイッチボックスを開け中を確認しましたが、こちらにも雨に濡れた様子はありません。
「(ん?ホントにこれか??)」
まずは、一度遮断した回路を再び接続しベルが動作している状態で接点端子部での対地電圧を測定しました。結果はどこで測っても0[V]です。ベル音の再停止操作直後、同行してくれていた生産課の課長からこのスイッチが原因であることをほぼ完全に否定する決定的な一言がありました。
「ここの(建屋付けの)ベルは?鳴ってない??」
そうなのです。このスイッチをONすることでベルがなる場合、事務所横とこの現場にある二つのベルが鳴るとのことなのです。
「そのベルはどこにあるのですか?」
筆者は課長にそう訪ねながら壁を見渡すと、直ぐ真横の壁の隅にこれみよがしにベルがありました。
「あ〜、これこれ。」
課長も同時に指差していました。当然音などなっていません。
「(多分、聴いている話とは違うのではないだろうか。この回路は今は使われているようには思えないな。)」
手に入れた情報がおそらくは過去のものであるということから、その時点で手掛かりが無くなってしまいました。
3.とにかく巡回確認
「(さて、どうしたものか…あのベルが何を意味しているのかわからない限り対処のしようが無いな。やはり火災報知器?それとも設備機器の停止等の異常警報?)」
筆者はあれやこれや考えを巡らせましたが所詮は勘です。根拠の乏しいものに長い時間をかけたくありません。
「(どうせ手探り状態なのであれば全ての建屋をまわったほうがいいかもな。これだけ時間が経っても誰も異常を訴えないということは各製造現場の外でなにか起きてる?)」
仕方なく、本当に仕方なくですが各建屋の周囲をまんべんなく巡回点検することに決定しました。
事務所にベルで知らせる必要があり、でも各製造現場では目立った異常が無いということはなにかインフラ系の警報になるのではないかと考えた筆者は、それでもなるべく固定観念に引きずられることのないように気をつけながら場内通路を余すことなく巡回しはじめました。
「(何かしら異常を見つけられれば!わかりやすい何かであってくれ!!…あ〜、でも被害はゼロであってほしい…)」
都合のいい願望ですが当時の本心です。
操業中の設備動作音の中、視覚と聴覚を頼りに少しゆっくりめに歩いていました。もうすぐで全てのルートを巡回し終えるという少し手前でひとつの異変に気が付きました。何か聞き覚えのある警告音のような音が聞こえます。
「……ッ、…ーッ、ーッ、ピーッ、ピーッ!ピーッ!!ピーッ!!」
音のする方へ近づけば近づくほどはっきりとそれがなにかの警告音であることがわかり、さらに確実にこれまでに聞いたことのある「あの音」であることがわかりました。
4.漏電警報
「あの音」は漏電警報器の警報音です。出どころはある製造現場横の変電室です。
筆者はすぐに変電室内に入りました。
「ピーッ!!ピーッ!!」
けたたましい音が鳴っています。発報しているのは、動力トランスのゼロ相電流を監視している漏電警報器です。設定は400[mA]ですが、実際に動力の系統全体でどれくらいの漏電電流が生じているのかをリーククランプメーターで測定しました。
「12[A]!!?は??マジ???」
測定時のリアルな独り言です。
そうです。漏電電流が12[A]もあったのです。一瞬、何かの間違いだろうと思ってしまうほどの電流値です。
筆者の頭の中に「感電」と「火災」の文字が浮かびました。特に感電に関しては今この瞬間場内の誰かが被害をうけていてもおかしくありません。極めて危険です。
急ぎ、系統の絞り込みを始めました。おおまかに、漏電している系統の設備を断定し作業を中断してもらうためです。
リーククランプメーターによる測定の結果、10系統ほどあるうちの1系統が判明しました。系統Aとします。
筆者はすぐに系統Aの負荷設備に関わる製造班の生産管理者へ連絡を入れ、可能な限り速やかに設備を停止するよう依頼をしました。同時に、感電による負傷者がいないか人員の確認も依頼しました。
事情が事情だけに管理者はあわてて範囲内のすべての設備の停止を実施する段取りと、人員確認に入ってくれました。
幸い感電による負傷者は出ておらずホッとしましたが、事態はまだ終息していません。
系統内の設備がすべて停止可能な状態になるまでに筆者は管理者に以下のことを伝えました。
・停止作業は必ず二人以上で実施。
・停止作業中はずっと筆者と電話をつないでおく。
・ひとつひとつの停止操作を必ず声に出す。
上記を実施してもらうことで停止作業とともに漏電系統の絞り込みをねらいました。
早速、管理者に各設備の停止操作を開始してもらいました。もちろん管理者にも必要以外には触らないよう注意を促し、またビニール製の手袋を着用してもらったうえでの操作をお願いしました。
いくつかの設備を停止し電源を遮断していきましたが、リーククランプメーターの値は全く変わりません。そして管理者から電話越しに今から停止する設備が最後になるという連絡がありました。
「(え…?まさか系統Aの情報も古い?俺、なにか勘違いしてる??)」
不安を感じている間に管理者から停止操作連絡が入りました。
「乾燥設備〇〇停止。△△停止。□□停止…」
順次停止操作の合図を聴きながらリーククランプメーターを監視していると、ある瞬間に先程まで12[A]をだった指示値が一気に0[A]付近を指示しました。
「見つかりました!おそらく冷却装置です。すぐにそちらに向かいます。停止操作はそのまま完了まで続行してください。」
筆者は管理者にそう伝えると、急ぎ現場へ向かいました。
5.ベル停止とその後
現場に到着し管理者に簡単な状況の説明をします。
「冷却装置停止と同時に漏電電流値がガクンと下がりました。冷却ファンのブレーカーはどれかわかりますか?たぶん冷却や冷凍とか、あとポンプやファンなどと書いてあると思うのですが…もしくは管理室にこの装置の仕様書などあればありがたいのですが…」
「takuさん、多分これです。モロに『冷却用ファン』って書いてます。」
このようなやり取りの後筆者は該当の回路のファンへ接続されている系統に対して絶縁抵抗測定を実施しました。その結果、ファン用電動機の絶縁抵抗は三線ともほぼ0[MΩ]でした。
さらに配線と電動機を切り離し各々を単体で確認したところ、絶縁不良は電動機本体で起きていることがわかりました。
「この設備は生産計画上しばらく停止しておくことは可能ですか?」
筆者がそう尋ねると管理者は以下のように回答しました。
「それはできません。今からすぐにでも動かしたいです。takuさん、ダメなのは冷却用ファンですよね。今は気温も高くないので、しばらくはファンを使用しなくてもいいはずなのですが、このファンだけをとめたままの設備稼働はできますか?」
筆者はその質問に「可能である」旨を伝えるとすぐにそのための処置に入りました。とはいえ、配線用遮断器をOFFにしてファン用電動機へ接続されている配線を盤内で切り離し念の為に絶縁処理しただけです。
「これでこの設備は稼働できますよ。あとは冷却水管理をされてください。」
「ありがとうございます。この後はどうなりますか?」
「すぐにファン用電動機を発注します。ついでにこの系統の遮断器を漏電遮断器へ変更します。これも一緒に発注します。」
こうして設備の稼働と後の対応が決まりました。
では、非常ベルはどうなっているでしょうか。該当の変電室からの漏電警報は当然鳴り止んでいます。筆者は非常ベルの回路を復旧しました。見事にベルの発報動作も止まっていました。
ひとまずは生産活動も問題なく再開可能となりました。
6.交換作業
しばらく気温の低い環境であれば先日に対応した冷却ファンが無くとも該当の設備での製品製造に影響はありません。しかしながら悠長にしてもいられません。
筆者は交換用のファン用電動機とその動力系統に挿入する漏電遮断器の入荷をヤキモキしながら待っていました。先に入荷したのは漏電遮断器でした。それから2~3日後にファン用電動機も入荷されました。両方がそろった翌日にすぐ交換作業に入りました。
冷却ファンの設置位置は高所にあり、一人では作業不可能でしたので協力者と二人で取り付けを実施しました。もちろん墜落防止措置のうえです。そして取り付け後の結線と遮断器の入れ替えを済ませていざ動作開始!
無事、動作を確認することができました。以上をもって一連の対応が完了となります。
ただ、筆者にはひとつだけ疑問がありました。それは該当の設備の全ての動力系統に漏電遮断器が挿入されていたにも関わらずただひとつ、冷却ファン用の電動機回路だけ配線用遮断器になっており、漏電遮断機能を持たなかったということです。
他の回路において、ポンプ用電動機も撹拌用電動機もすべて漏電遮断器にて保護されていました。撹拌用などは湿気や水分などの影響を受けにくい位置に設置されておりこれこそ配線用遮断器で充分であるにも関わらず漏電遮断器にて保護されており、逆に雨水の影響をまともに受けさらに冷却水を巻き上げずぶ濡れになることが前提のファン用電動機には漏電遮断の機能を持たせていないとはどういうことか。なにか理由があるのか少し悩みました。しかしこれに関しては悩み続けても理解できる見込みもなかったので、技術基準どおりにあっさりと漏電遮断器に変更しました。
悩んだときは安全側に振るというのが定石と考えての判断です。
なにはともあれ設備はすべての機能を取り戻した状態で無事本当の意味での生産活動に復帰しました。なお、非常ベルの配線には変電室からの漏電警報にて発報することを表示しました。