1.頻繁に停止する設備
「takuくん、ちょっといい?」
現場で日々生産業務にあたっている班長がわざわざ筆者のところまで訪ねてきたのには、やむにやまれぬ理由がありました。というより、前触れなく筆者を訪ねてくる生産現場の班長は高確率でやむにやまれぬ事情を抱えています。
「どうされました?」
これまで幾度となく繰り返されたやり取りです。こう切り返すときの筆者はまるで医者にでもなったかのような気分になります。実際医者の立場に立ったことなどないですが…
班長は以下のようにそのやむにやまれぬ事情を話し始めました。
「○○設備が頻繁に止まってしまうのだが…なぜそうなるのかが全く分からんのだが、なんとかならないかなぁ。」
班長によると、なんとなくではあるが高確率で同じようなタイミングで設備が停止するとのことで、かつ目立ったエラーが出ていないためその原因が皆目見当もつかないということでした。なんとか数回の再始動で生産をつなごうと努めてはみたものの、いよいよ手に負えなくなってきたのです。
「わかりました。現状の調査から始めましょう。ちなみに生産の余力は?」
そう訪ねると班長からは幸い在庫が充分に確保できているため1~2日の時間的な余裕はあるとのことでした。それを聞いて筆者は少しホッとしつつしかし妙な違和感を抱えたまま現場に向かいました。そして到着次第、現状調査の開始です。
2.現場調査
「今もそのおかしな現象をみることはできますか?」
「ああ、おそらく5~10分以内で確認することができるはず。電動機Aの回転がなんか切り替わった後に出ると思う。」
「(スター・デルタの切り替えか…)漏電遮断器の漏電表示はありましたか?」
「漏電遮断表示ってどれのことかいまいちわかってはいないけど、ブレーカーを見ても落ちてる様子もないから多分その表示もないんじゃないかなあ。」
「わかりました。ではすぐに再起動しますがよろしいですか?」
「問題ない。頼む。」
このようなやり取りの後、筆者は班員に聴いておいた起動手順で設備を再始動させました。
『パチン…バシン…ブゥゥゥン…⤴』
いくつかの開閉器が自動で投入され大きな容量の電動機Aが起動を開始しました。しばらくしてその電動機Aの回路にてスター(以下「Y」)結線からデルタ(以下「Δ」)結線への切り替え動作が入りました。
『ゥゥゥン…パシッ…ギュウウン…⤴⤴』
その数秒後です。
『ウゥゥゥンンン~~~…⤵⤵』
症状発現です。自動で立ち上がっていった各機器が一斉に停止しました。5分も要りませんでした。早過ぎて拍子抜けしそうでした。
前もって聞いていたとおり、漏電遮断器は落ちていません。さらにタイミングも聞いていたとおりです。Y-Δ始動のデルタ結線への切り替え直後でした。
停止後の制御盤の様子からすると、まるで普通に停止操作でもしたかのような待機状態であり、いつでも再始動できます。
試しに再始動をかけるとやっぱり何事も無かったかのように動作開始可能です。
2度目に症状を確認したときに気になったのは電圧計でした。元々198[V]程度の低めの電圧なので「(ちょっと低いな…)」くらいには考えていましたがΔ結線への切り替え時はさらに下がる方へと振れ、目視でも180[V]くらいには下がっていました。
これまでも、Y-Δの切り替え時に電圧が多少下がる現象はみていたのですが今回は下がり過ぎですし、動作がすぐに中断されずにしばらく運転継続できた場合でも電圧復帰まで時間がかかっているように感じました。
3.電圧降下の原因は?
なぜこんなに電圧が下がってしまうのか…しかも結線切り替え時に…
おそらくは原因ではないということがわかってはいましたが、まずは電動機Aとその回路における絶縁抵抗をみておくことにしました。絶縁抵抗の低下が原因で動作停止するのであればそれは漏電となるはずです。であれば漏電遮断器が反応してもおかしくはないはずです。とはいうものの原因がひとつであるとは限りません。点検して損は無いので電動機端子部からの測定を試みました。
そして、端子箱を開けて驚くことになります。
筆者が目にした光景はびっしりと端子箱内に敷き詰められた製品と思しき粉体でした。端子箱内には6本のリード線が出ておりそこに各々Y結線用の動力線とΔ結線用の動力線を接続し絶縁処理を施すのですが、もはやその線すらきれいに埋まってしまうほど白い粉体が詰まっていたのです。さらに粉体は少し湿気を含んでいました。
これを目の当たりにした筆者は急遽制御盤側の外部端子からの絶縁抵抗測定に切り替えることとしました。測定の結果はいずれも1[MΩ]程度。基準以上の合格判定ではありますが決して充分とは言えない数値です。しかしながら、それでもこれが設備を突然停止させる決定的な原因とは思えません。ひとまず見た目にも良いとは言えないこの状態を脱出すべく端子箱内を清掃し端子部絶縁もやり内しました。そして再度絶縁抵抗を測定するとその値は各配線において5[MΩ]以上になりました。湿った粉体が絶縁抵抗を低下させていたことは間違いないようでした。
これで劇的に症状が治まるとは思えませんでしたがひとまず復旧確認をしてみたところ、突然停止する異常は発生しなくなりました。5~10分に1回は発生していたあの異常がみられなくなっていたのです。
その日は無事運転再開ができたので社内関係者へも以下を速報としました。
「100%復帰とは確信できないものの、状態から言えば現在発生は見られないためひとまずの復帰といえます。このまま症状が再発しない場合、端子箱に詰まっていた製品粉体がなにか悪影響を及ぼしていた可能性があります。理論的かつ決定的な原因説明ができないのでまだ再発の可能性をぬぐいきれてはいません。様子見稼働とします。再発次第ご連絡いただくようにお願いします。即時再対応します。」
半日以上症状は発現せず無事当日の生産を完了しました。完全にすっきりとした対応完了とは言えませんが保全をやっていいたらそのような経験のひとつやふたつはあります。このまま一週間以上再発しないのであれば生産活動再開を喜ぶべきではと考えながら翌日以降の様子をみることとしました。
4.やっぱりね…
翌日、すぐに結果が出ました。ということは、そうです。再発です。
苦虫をかみ潰したような表情で現場班長が筆者を訪ねてきました。
「ごめんtakuくん。また出たよ…2回。もう一度みてもらっていいかなぁ…」
「もちろんです。謝らないでください。こちらこそお手数おかけします。すぐ現地へ行きましよう。」
がっかりした反面、正直なところ「(そりゃそうだよな。あれで治ってたら苦労はしないよな。)」と感じていたのも事実です。
早速再調査の開始です。
このとき、筆者はこの工場内にPLC開発ツールとそれ専用のPCが無いことを少し残念に思いましたが、今回の異常はあくまでハード側の問題であると考えていましたのであまり不利には感じませんでした。そして最初から気になっていた電圧の確認をしました。この直後再び驚かされることになります。
「あれっ?低すぎないか??」
このときの電圧は盤面の電圧計で190[V]程度。この状態から例の電動機Aを起動し、Y-Δ切り替えに入ったときは電圧計の読みで170[V]を下回っていたと思います。もちろん電圧の降下がおきてすぐ制御が停止する状況でした。
「(いったいこの電圧降下はどこでおきてるんだ。)」
さしあたってこの設備まで電源を供給している変電室を確認しにいきました。該当の変電室内でさらに該当の遮断器にて電圧を測ろうとしたところ、既に配電盤の電圧計が先程の設備制御盤と同じくらいの値を示していました。
念の為、変圧器二次側の電圧を回路計で測定すると192[V]を指示しています。そして、変圧器一次側の電圧を盤面で確認したところ6100[V]程度しかありません。
「(これは低すぎるわ!)」
おそらくは、この電圧の低さが設備の突然停止の原因とみて間違いないでしょう。さらに念押しで受電設備の電圧計をみてみましたが、同じ値でした。
5.ならどうする?
電力会社による供給電圧が低いことはわかりました。しかし、それによりあの設備だけがなぜ特定のタイミングで停止するのか、それを紐解きその後どう処置するのかを考える必要があります。
同時に電力会社へ連絡を入れたところ、この時期の電力需要急増による供給逼迫によるものなのか原油価格の高騰なのかいくつかの情報はありましたが、いずれにしても電圧低下について電力会社側は当然認識をしており、必死になって連絡が遅れたことを謝罪していました。しかしながらすぐに正常電圧へ戻せる約束ができないという旨の情報もありました。
いずれにしてもこの状態を打破する方法を考えなければならないことに変わりはないということです。
「この電圧の低さから導かれてしまうY-Δ結線切り替え時の電圧変動に耐えられない機器とは」という視点から制御盤内を見渡したとき、それはすぐに見つかりました。あまりにも堂々と配置されている機器です。
「PLC」、おそらくはこれです。念のため仕様を確認しました。その中にはっきりと「電圧許容範囲」がAC85~264[V]と記載がありました。PLCへの電源供給にはAC100[V]出力の制御回路用単相変圧器が使用されており、この場合筆者が目にした制御盤の一次電圧が170[V]を下回る状態ではPLCの動作電圧範囲を明らかに下回ります。PLCだけなら本来不必要な単相変圧器ですがその他表示器などの計装機器がAC100[V]仕様であったことから制御系をAC100[V]とDC24[V]で統一したかったのでしょう。
ほとんど確信に近い状態で単相変圧器の二次側に回路計をあてて症状確認をしました。起動前すなわち待機状態での制御盤内AC100[V]系の回路ですでに91[V]程の電圧であり低すぎる電圧でした。
そのまま続けて起動後の異常時電圧確認をしました。回路計の指示が追いつくのに若干のタイムラグがありましたが、結果的に異常の発現時の電圧は85[V]を確実に下回っており、さらに異常による停止があった後にすぐに電圧は約90[V]へと復帰しました。
6.処置
ではいよいよ処置です。制御回路用の単相変圧器にはAC110[V]出力端子があることが確認済であったのでこれを一時的に利用することを考えています。併せて、この制御用単相変圧器に接続されるすべての計装機器の許容電圧も確認しました。これは高圧系統の電圧が通常の値すなわち6600[V]へ復帰したときに各計装機器の許容を超える電圧が印加されることにならないかを確認するためです。もちろんこちらに関しても問題はありませんでした。
筆者は制御用単相変圧器の二次側をAC100[V]端子からAC110[V]端子へと接続変更しました。
7.完了…?
接続変更後その後2日間症状の発生はありませんでした。
そうです。2日間です。3日後に似たようなでも少し異なる症状が発生したのです。現場班長からその事実を聞かされたときは正直唖然としました。
「takuくん、またとまったよ。」
「え、この前と同じ状態ですか?」
「ちょっとだけ違う。コンプレッサはとまっていない。あとタイミングと頻度が違う。それ以外は似ている。突然停止するということについては。」
「(へぇ~、これは…)そうですか。発生頻度は?」
「この前までより圧倒的に少ない。今、1回発生しただけ。でも連絡は早い方がいいと思って。」
「わかりました。ご連絡ありがとうございます。今すぐ触れる状態ですか?」
「いや、あと1時間ほど待ってほしい。今の生産分が終わればメンテとか試運転とかできる状態にしておくよ。」
「承知しました。ではその時間に向かいます。」
「ああ、頼むね。」
上記のようなやり取りの最中、筆者はこれがこの前の症状と似ていながら全く違う原因から引き起こされているということが予測できました。
ひとまずやりかけの業務を切りのいいところまで済ませ、工具と部品を手に取り現地へ向かいました。現場班長からの連絡のとおり筆者が現地へ行ったときはすでにメンテナンスに入れる状態になっていました。
8.今度はなにが原因?
筆者が予測できたと言ったのには理由がありました。前回の電圧降下による停止異常対応時にこの設備の生産担当者と以下のようなやり取りをしていました。
「今、自動で試運転していますが、これを途中でいきなり(切り替えスイッチで)手動へ切り替えたらどうなります?これまで操作ミスなどでこのようなことされたことはありますか?」
「そのスイッチは今回関係無いと思う。確かその場合コンプレッサだけが運転継続しているはずだし。」
「そうですか。」
「あ、でも、そういえば今回もたま~に、それこそ全停止数回中に1回くらいコンプレッサは動いたままのときがあるなぁ…ほとんどは全部とまってしまうけど…」
「え!?そうなんですね!…ですが今は、おっしゃるようにそのことは関係していないものとして考慮すべきでしょうね。」
「よくわからんけどtakuくんに任せるよ。」
そのようなやり取りのあと展開結線図を確認すると確かに担当者が言っていた内容が確かであることが裏付けられる結線が示されていました。自手動の切り替えスイッチはa接点のみであり、その接点はPLCへ直接入力されています。ところがコンプレッサについてはPLCの出力を受けて動作しているのではなく全く別の専用駆動回路で起動される内容でした。
上記の件があったので今回の原因は自手動の切り替えスイッチにあると予測できました。
9.今度こそ!
設備の制御電源を遮断し、自手動切り替えスイッチの交換を実施しました。
その結果、設備停止異常の発生は今度こそピタッと無くなりました。
「(やっと終わったか…)」
1週間ほどは何か別の症状が発生しないか、電圧の変動がひどくならないかなどを考え少し油断できない精神状態ではありましたが、しばらくの様子見を経てやっと復旧を確信できました。結構長期戦になりましたが「倒してやった感」の大きな案件ではありました。
10.勉強になりました
今回の一連の異常は、とても勉強になりました。それと同時に症状を冷静に見つめてひとつひとつゆっくりでも確実に確認していくことの大切さが身に染みた事例でした。
それと、大きかったのは現場の方々の情報提供です。的確にかつなるべく多くの情報を筆者に提供してくれたことが特に2回目の異常時に有効であったことは言うまでもありません。この情報が無ければ復帰にもう少し時間が必要になったのは容易に想像できます。現場の方の協力でショートカットできたということですね。
ちなみに、今回のこの電圧低下による影響が同一送電系統の地域全体に及ぶのもであったにもかかわらず、場内においてはこの設備だけが影響を受けたということに対する原因も判明しました。それは、この設備の電動機Aだけが大きな容量の電動機の中で唯一Y-Δ始動法を採用していたということにあります。他の大きな電動機はインバータ始動でした。
いろんな意味で勉強になりました。ありがとうございます。